大阪/瀧谷不動さんへ2020/03/30

大阪出張も8年目、2013年から進めてきた現在工事中の案件をご紹介

工事が大詰め、空いている新幹線でマスクしながら毎週のように出張させて頂いてます

大阪府富田林市、日本三不動の一つ、約1200年の歴史ある瀧谷不動尊さまの客殿&寺務所建替え工事。現在は2期工事=客殿棟の新築工事が進行中で足場が外れて全貌が明らかに

2期まで完成すると、地上3階、地下1階で延べ約3000㎡の鉄筋コンクリート造の建物。内部は寺務所、集会所、内陣、客殿、収蔵庫等で構成されてます

 

メインのアプローチ等外構工事も進行中

庭園の工事は建物完成してから1年をかけて整備する予定

 

内部も大詰め 客殿棟

内陣上部の格子天井

 

施工:創業430年!の社寺建築の松井建設株式会社さん  今年はこの客殿棟いよいよ完成です!!

 

 

 

 

瀧谷不動尊縁起

当山は平安時代、嵯峨天皇の弘仁12年(西暦821年)に弘法大師が国家の安全と国民の幸せを祈るために開かれた道場で、本尊不動明王及び脇侍の矜羯羅(こんがら)童子・制吒迦(せいたか)童子との御三体は、大師一刀三礼の霊像としてうやまわれ、いずれも国の重要文化財に指定されています。

 もとは、今の境内から南約1kmの嶽山の中腹にありましたが、正平15年(西暦1360年)足利義詮の嶽山・金胎寺城攻めに焼かれ、この時、本尊と両童子はお滝の下に移されて難をのがれました。その後どこからともなく一人の目の見えない老僧が現れて、御本尊の霊験を説き、人々にすすめて小堂を建てて日夜礼拝していましたが、たちまち晴眼となって、いずくともなく立ち去ったといいます。これは弘法大師が御本尊の霊験あらたかなことを教えられたのであると、にわかに眼病平癒の霊像として信仰されることとなりました。その後寛正4年(西暦1463年)畠山政長・義就の嶽山合戦に再び兵火にかかりついに今の場所に移り、次第に復興し今日に至っています。(瀧谷不動尊HPから)

 

 

境内全体図より 真ん中右寄りに位置するのが事務所・客殿・講堂棟 ここをやり替えております!

 

 

 

 

昨年事務所棟は1期工事で完成、部分的にオープンしました、今ではすっかり境内の一部に溶け込んでいます

寺務所棟 内部の様子より

寺務所メインの入り口

受付カウンタ

 

 

今年2020年には全て完成予定、 その後外構工事を経て 令和三年には開創1200年の落慶式を兼ねた大祭を予定してます。初めてお話頂いた頃からほぼ10年の一大プロジェクト!今年は総仕上げの年です

 

 

 

 

 

 

関連するブログ


設計のご依頼やご相談、
お問い合せはこちら

建築に関するご相談は無料で承ります。お気軽にご相談下さい。
出来る限り適切なアドバイスをさせて頂きます。